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January 2005

January 31, 2005

わたしのおじさん

 きのうは梅田で宴会「眉村卓先生を囲む会」。よく呑みました! 先生の俳句ノートを見せてもらって感涙。だってだって宝物…。奥様の闘病時の句もあり、心に突きささってくるような句に涙。なのに、一晩経ったらもう内容を忘れてる。ああ、なんてことだ!
 行きの電車の中で読んだ本は、湯本香樹実「わたしのおじさん」(偕成社)。これから生まれてくる子、死んでしまった子が出会う世界を透明感あふれる文体で描く。母親になることの重みも。生と死のあわいという言葉がピタっとくるかんじ。
 今、ゲド戦記を読んでるところなので、世界の裂け目(あわい)が、私の中でリンクした! ハンノキも出てくるし。
 植田真の絵はおさえた表現、死と生のあわいが優しい雰囲気になっている。

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January 27, 2005

「田舎の家」をたたむということ

 堀込賢一著「田舎の家をたたむということ」(講談社)
 田舎の家を出て都会に住む「子ども」世代の、いつかは向き合う「田舎の老親、家、荒れる田畑や墓をどうするか…」という問題について、いろいろな経験談が載っていて身近な問題として読んだ。介護や葬式・法事のデータも。問題を抱えているのがほとんど長男長女をいうのも身につまされる…。

 川柳をメモ
永遠にからみあってる縄模様
今編んでいるのはくじらのセーター
大きめのセーター愛も包んでる
なりゆきで出来てしまったサラダです
やさしい男 哀しいサラダを食べている
オリオンが心の隙を突いてくる

 先週初めて行って来たグレートブルー。ここでも川柳を作ったのだが、箸袋に「星くずよ 別れたくないの本当は」とメモしてあった。ライブでスターダストが流れていたときのものらしい。酔っ払ってるかんじだ。
 

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January 26, 2005

帰還

 ル=グィン「帰還 ゲド戦記最後の書」
 翻訳が出たとき、すぐに飛びつき、物語の面白さとともに、ゲドの、いやグィンの思索・苦悩が生々しく立ちのぼってくることに怯みつつ読んだ。今回は、だいたい10年ぶり(つい最近のことのように思えるのだが)の再読。やはり重く、痛みとともに心の奥へ奥へと入ってきた。
 この10年、仕事でジェンダーの記事を書いたり書籍紹介をする機会があり、後書きで訳者が「フェミニズム」という言葉をあげていたが、以前よりは、そのように言われている部分を自分自身がどう受け止めるかも気になったが、実際全く気にならなかった。10年の間に、フェミニズム思想はもう新しくもなく、理解されたわけでもなく、誤解を含みつつ拡散浸透しているからかえって違和感がなくなったのではないだろうか。もともとのアースシーの世界観は、現実世界から大きくはみ出したものではない(と思う)。ロークや魔法世界は男の世界、日常のまじないなどは女と分けられたし、アチュアンの神殿の巫女たちの世界は巧妙に女性性の置かれた世界が描かれていた。4巻は、今までの3巻までの世界観をわかりやすく解説をしているようにも思えた。(自信はないけど…)
 父親やその友人から陵辱され殺されかけた幼い少女テルー、すっかり農家のおかみさんになっている大巫女だったテナー。あまりにも過酷な現実の中に、「さいはての島」で、世界の均衡を守るために「破れ目」を全力で塞ぎ、もう魔法使いとしての力を失ったゲドが登場。力を失い、自信をなくし、過去を捨て、人目を避け、逃げる弱い男として…。もう、魔法使いではないゲドの苦悩。栄光の過去を捨て去ってただの男としての人生を受け入れていくゲドに、じっと寄り添い語り合うテナー。この二人はきっと愛し合うと予想してはいたが(こわれた腕輪でたくさん愛の言葉を言ってたからね)こんな形になるとは~。大巫女という押し付けられた役割を捨てた後で、農家の女房をいう役割を選んだことも予想外だった。アースシーの風がふき、匂いもしているのに、ただの男と女になった二人がいる。二人の会話は思索的で、根源的な問いが続く。もう、魔法はないのかな~と思っていると、本当に卑劣な魔法使いアスペンの登場で、物語は大きく動き出す。(それにしても、帰還にでてくる男たちの情けなさ…たとえばテルーの息子とか、醜さ…アスペンとかはすごいしリアル。あ、王子様は別!)
 テルーが竜だというラストは衝撃だったが、なんというか救われたように思えた。でも、なぜ、テルーは竜なのか。竜だったから虐待されたのか、虐待されたことで竜に選ばれたのか…。ここはまったく思いつかないのでメモしておく。「帰還」は、私にとってゲドの中では一番辛く厳しい物語だ。でも、テナーの夫が亡くなった後の人生の充実ぶり(ゲドとの人生)が示唆的!

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January 19, 2005

さいはての島へ

 ル=グウィン 「さいはての島へ ゲド戦記Ⅲ」(岩波書店)
 このところ、病院通いが続いている。整形外科の待ち時間がとてつもなく長く、最初は4時間に驚き、2度めからは、診察券を出してから自宅に戻り、だいたい2時間後から検査等が始まるから、その頃に行くというやり方に変えた。それでもまだ2時間待つわけだから、読書はすすむ。(通っているのは息子で、私は付き添い)
 以前は、ゲド戦記では1巻が一番好きだった。でも、今回じっくり読んでみて、美しい王子アレンが出てきて、竜に乗るというシーンがあるとはいえ、ほとんどが暗く辛く何を探しているのか迷い疑い、心の闇とのたたかいの続く、このお話が一番、心に響く。
 何度も夢の中で見ていた荒野にたどり着いた時のアレン…「心の奥が、何か、物悲しかった」。Ⅰの自分存在、Ⅱの自立、Ⅲは世界の均衡を保つ…という全3巻だった頃の、明るいラストに救われる思いがする。次は「帰還」。

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January 15, 2005

赤い目のドラゴン

 リンドグレーン「赤い目のドラゴン」(岩波書店)。
 わたしが小さかったころのこと、うちにドラゴンがいました~~
 まいとし10月2日になると、わたしはドラゴンといっしょにすごした子どものころをおもいだします。なぜなら、その日、ドラゴンがいなくなったからです~~

 おもしろ荘を読んでから、リンドグレーンの絵本を読み返してみた。中でも、「夕あかりの国」「よろこびの木」「赤い目のドラゴン」の3冊は、大好きな宝物絵本。かわいがっていたドラゴンが飛んでいってしまったとき…。切なさとか悲しみとかが、まだほんの子どもの心にひろがるときを描いている。泣きながら眠ったあと、「わたし」はどんな夢を見たのかな…。

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January 13, 2005

マスターキートン

 きのうは、児童文学同人誌「花」の読書会(博士の愛した数式)&新年会があって、メンバーからコミック「マスターキートン」(浦沢直樹 )を借りてきた。
 「Rinさん、ますたきいとん、知っとう?」「益田喜屯? ふっる~」「え? 漫画だよ」「ええ?」
 ここで、コミックを見て大笑い。わたしはなつかしのコメディアン益田喜屯と聞き違いし、「どうせ間違うならバスター・キートンでしょ」とつっこまれ、どっちにしても昔懐かしい名前ではある。
 「モンスター」などで話題の漫画家だけど読んだことはなくて、ぱらりと読み始めたら面白くてダダっと読んでしまった。主人公キートンは、日本人の父とイギリス人の母を持つ、考古学の大学講師兼フリーの保険調査員で元SASのサバイバル教官。サスペンスものであり歴史ロマンでもあって、アクション&コメディの面も。人情の篤いキャラも、はらはらドキドキの展開も、さりげなくかっこいいセリフも決まってる。

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January 11, 2005

こわれた腕輪

 ル=グウィン 「こわれた腕輪 ゲド戦記Ⅱ」(岩波書店)
 Ⅱの舞台はアチュアン。少女テナーは、星のめぐり合わせから、名を奪われ、太古の昔から名なき者が支配する暗黒の世界で、大巫女<喰らわれし者>アルハとなる。神殿の地下に眠る広大な闇の迷宮の大宝庫に眠るエレスアクベの腕輪の片割れ。1巻で老婆から与えられたもうひとつ片割れを持って、ゲドが登場。今度の舞台もぞくぞくする面白さ。名を奪われたアルハが、本当の名前テナーを取り戻すまでの葛藤が続く。最後の闇の世界から、生の世界へと行くシーンはほんとに感動的! テナーとゲド。まだ、若い二人だ~と、4巻を思い出してしみじみ。

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January 08, 2005

影との戦い

 アーシュラ・K. ル・グウィン「影との戦い―ゲド戦記 Ⅰ」(岩波書店)。
 ハイタカと呼ばれる主人公ゲドは、慢心や嫉妬心から失敗し、怯え逃げて…ちっともかっこよくない魔法使い。影を呼び出してしまい、追い詰められ苦しむ姿は息苦しいくらい。とても深く重い物語。でも、面白い。

 今年初めて三宮の和風居酒屋「絶対温館」へ行ってきた。ホームページURLを新しくするというので、いったん、リンクをはずしておきます。

 ついでにメモ。河合隼雄「ファンタジーを読む 」には、懇切丁寧(ちょっとくどいのでサラリ読むといい)な解説がある。取り上げられた作品がすべてわたしの宝物本。-- 『マリアンヌの夢』『人形の家』『はるかな国の兄弟』『七つの人形の恋物語』『エリコの丘から』『トムは真夜中の庭で』『床下の小人たち』『足音がやってくる』『北風のうしろの国』『ゲド戦記1~3』(まだ4以降がでていなかった)--
 といいつつ、あ、『犬のバルボッシュ』を読んでないことを発見! 

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January 04, 2005

私の児童文学ノート 清水真砂子

 「日本児童文学」2004年7-8月号、9-10月号、10-11月号には児童文学同人誌「花」による「同人誌評」が連載された。「同人誌評」は毎回30冊前後を読んで評するもの。なにしろ、同人誌を作る思いの深さや出し続ける大変さは、「花」メンバーには手にとるようにわかる。といって、生ぬるいほめ言葉を羅列するような失礼なことはしたくないし、本屋で買ってきた本に「買って損した」などというような気軽な無責任批評はできない。創作に真剣に向き合う仲間同士の感覚で読もうと決め、「花」メンバーが毎回7~8人でまわし読みし、討議する時間を持ってまとめあげた。時間はかかったけれど、創作に対する自分たちの気持ちを、「花」の仲間たちがそれぞれ再確認でき、充実した時間になったことと思う。
 それと同じ号に連載の「私の児童文学ノート」は清水真砂子。ゲド戦記外伝の脱稿後のもので、大切な仕事を終えた清水さんの思いがほとばしっているかんじ。感動的で大切な言葉がたくさんあった。
 初めての翻訳を終え、神宮輝夫からの厳しいコメントもらったあと、「自らに全く検討を加えてこなかった私の子どもの見方、ひいては子どもの文学の見方があらわになっていた」。ゲド戦記を訳すことになったとき、「私は納得のいくように訳せたら、死んでもいいと思った。本気だった」高校教師だった清水さんは、「ゲドをとるか学校をとるか。いや、ゲドを失うことに耐えられるのか」と問い、教師生活をやめている。
 これは、ほんとにむっちゃ面白い。2月19日に神戸で講演会があるというので、今から楽しみ! 1冊目が出てすぐに購入したゲド戦記を、20数年ぶりに読むことに決めた。

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January 03, 2005

祈祷師の娘

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 中脇初枝祈祷師の娘」(福音館)。
 児童文学同人誌「花」に、「白い月 金の目赤い星」という(なんつ~題だ…)、おがみやさんが出てくるお話を書いているため、友人が薦めてくれたので読んだ本。
 おがみやをどんなふうに書いているのかな、という興味で読みはじめたのに、面白さに一気読み。が、一気読みにはあわないしみじみしたお話。主人公の春永の家の家業は農業兼祈祷師。おとうさんは実父。実母は家を出ている。実父の妹で本来は叔母をおかあさんと呼んでいる。姉の和花は一度は結婚して家を出てから離縁されて戻ってきたおかあさんの実子。舞台設定も、とても興味深い。まるで魔法使いの家みたい! 最初に、霜の降りた朝に水行で水を頭からかぶる場面がある。「水は、容赦ない冷たさで、わたしのからだをこなごなに砕く。まっしろい地面に散った水の一粒一粒が、今朝のわたしのからだのかけらだ」。こういう文の力にぐいぐいひきこまれる。春永のまわりの人たちもみんないい。中でも、中学校の同級生の子達の俗物さはリアルで面白いし、見えないものがみえてしまうひかるちゃんの親の悪役っぽいけれど、悲しさがただよう。春永の居場所再発見の物語。
 明るい静かな闇を感じた。卯月みゆきによる木版画も作品も上質な味わい。

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